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2023.03.29

スタンディング・スタートに失敗!  気がつけば最下位になっていた初レース。

EPCでエンジンと協業するテイク・フロンティア佐野代表のロータスカップ参戦記 第2回

文=佐野順平(TAKE FRONTIER代表)

第ー章はこちらからお読みいただけます。

第2章:納車4日目のクルマで公式戦デビュー

前回は生れて初めての公式レースとなった4月の開幕戦の模様をお伝えする、と締め括ったけれど、ゴメンナサイ。実は、オートマからMTのV6エキシージへ、急な乗り換えとなったために4月の開幕戦は欠場。けれど、開幕戦は非公式戦だったので、そんなに残念には思っていなかった。それよりも、第3戦にして、初の公式戦となる6月の富士のスプリント・レース。こここそが自分のレース・デビューの場だと決めて、その日を、満を持して待つことにしたのである。

ところが困ったことに、レース出場に必要なロールケージが、納期を過ぎてもなかなか届かない。このままでは6月のレースに間に合わないじゃないの。いったい、どうしたらいいの?  さすがの私も、ちょっとパニック状態。なんとも楽しませてくれるロータスなのであった。

そして、ようやくロールケージが到着し、クルマが仕上がった日は忘れもしない6月22日の水曜日。記念すべき公式戦デビューの日となった6月26日(日曜日)のわずか4日前のことだった。練習日は、24日のスポーツ走行3本と、前日となる25日の公式練習1枠だけ。さあ、どこまで仕上げられるか? プロのレーシング・ドライバーじゃないのだから、乗ったこともないクルマでいきなりレースなんて、とてもじゃないけどムリ。というわけで、心の中は冷や汗タラタラの状態で、初のレース・ウィークを迎えたのであった。

さて、予選にはまったく仕上がりが間に合わなかったものの、そこはそれ。「予選も練習だ!」と割り切って、普通だったらタイヤを温存するために1~3周のアタックにとどめるところを、与えられた時間の最後まで一人でコースに残って走り切り、少しでもクルマに慣れることを優先した。 そしてなにより、走り慣れた富士スピードウェイでのレースというのが良かった。初めてのクルマで、初めてのサーキットだったら、きっと心が折れていたに違いない。ひとつでも、寄り添ってくれる要素があって、本当に心強かった。

しかし、もうひとつ、大きな課題があることを忘れていた。実は私はこれまで一度も「スタンディング・スタート」をやったことがない。非公式戦の耐久レースでは「ローリング・スタート」が一般的で、これまで一度も経験する機会がなかったのだ。 「6000回転まで回して、ポンッとクラッチを繋げばいい」。言葉にするのは簡単だ。しかし、現実にはどうだろう。そもそも公道では坂道発進のクラッチ・ミートでさえ、ほとんどアクセルを煽らない丁寧な運転を心掛けてきた私には、そんな乱暴な繋ぎ方をして大丈夫なものかと怖くてたまらない。いや、そもそもが、ようやく手元に届いた新しい愛車に対して、そんな鞭打つような練習をする気には、到底なれなかったのであった。

「やっぱり一度でもスタート練習をしておけば良かった」。スターティング・グリッドについた私の頭の中を、そんな思いが駆け抜けて行った。けれど、もう後の祭りだ。とにかく今回は丁寧にスタートして、次戦までに練習しよう。そう自分に言い聞かせて、とりあえず3500回転あたりで繋いでスタート……。と、ゆっくりと動き出した瞬間、「あっ、やってしまった」とわかった。周りはそんなに甘くない。あっという間に狼の群れに襲いかかられるような怒濤の追い抜きにあって、なんと予選4番手だったポジションは、13番手の最下位まで落ちてしまったのだった。

しかし、最下位とは気楽なもので、当り前だけど、それより下はない。あとは追い上げて行くだけだ。目の前には下のクラスのエリーゼ勢がひしめいている。まずは最少のラップでこのエリーゼ軍団をすべてパスして、V6エキシージのグループに追い付かなければならない。急がないと、V6エキシージ勢は、ハイペースなラップを刻んで、どんどん離れて行ってしまう。

逸る気持ちを抑えて、安全運転第一を胸に刻んで2周目に入る。見えた! まだ、V6エキシージのグループがエリーゼとやり合っている! 

1コーナーの立ち上がりで、アクセルを踏む右足に力が入る。そして、3周目に入るストレートですべてのエリーゼのオーバーテイクを済ませ、ダンロップコーナーで前を行く同クラスのV6エキシージ勢の後ろに付けた。第3セクターを丁寧にこなして、最終コーナーは立ち上がり重視のラインを取り、いざ、ストレートでの勝負に入る。スリップストリームに入って1コーナー手前で並びかけ、ようやくV6エキシージのグループでの順位争いに戻ることができた。

というわけで、レースの世界の諸先輩方に胸をかしていただき、なんとかクラス3位でチェッカー。こうして、厳しかったけれど、忘れられないレースとなった初の公式戦を無事に終えることができたのだった。

第三章はこちらからお読みいただけます。