文=佐野順平(TAKE FRONTIER代表)
好んでか好まざるか、レース業界にかかわって早5年。そのかんサーキット走行は重ねたものの、シミュレーター・ルームやレーシングカーのレンタル・サービス、そしてレーシング・チームのオーナーとして、公式レース参戦の経験がないのはいかがなものか? と周りの視線を少々痛く感じてきた40歳にして、重い腰を上げ、公式戦にデビューしようと一念発起した。
以下、その1年を振り返っての奮闘記を、みなさまにお届けしたい。
というのも、40代、50代を迎えて、「本当は、ちょっとレースに出てみたかったんだよな~」と感じている方も、会員の中には結構おられるのではないかと察するからだ。そこで、「レース参戦は、こんな感じで気楽に始められるんです」と知っていただくための参考例として、ぜひお読みいただければ幸いである。
「そろそろ公式戦に出ないと……」と悩み、とりあえず練習に使っていたポルシェのカップカーでPSCJに出てみようかと考えていた頃、その出会いはやってきた。鈴鹿の走行会に出かけた時のことである。ポルシェ乗りの友人が、その日は何とも素敵な別のクルマに乗って現れたのだ。
ロータス・エリーゼCUP250。ブラックのボディにゴールドのライン。バッチリと決まった限定車のGPエディションは、あたり一面に強烈な色気を放っていた。そして友人曰く、「ロータスカップに出る練習のために鈴鹿に持ち込んだんだよ」。
これが運命の出会いだった。私は愛しのポルシェを放り出して、一瞬にして、ロータスカップに出ることを決意したのである。
もっとも、ポルシェの嫉妬のせいもあったのか、世の中はそんなに甘くはないことを、すぐに思い知らされることになったのではあるが……。
それはともかく、レースを走るドライバーとして、私は欠陥をかかえていた。右足の足首の関節が古傷の影響でうまく動かせないのだ。つまり、ヒール&トゥがどうやってもできないのである。だから、レースにもAT車で出るつもりでいた。ところが、残念ながらエリーゼにはATの設定がない。
そこで白羽の矢を立てたのが兄貴分であるV6エキシージだった。というわけで、オートマのV6エキシージを探してたどり着いたロータス東京。そこで早速オーダーを入れ、レーシング・モディファイに取りかかった。
ところが、4月の開幕戦を前にして、そのトラブルは起こった。
結論から言ってしまうと、やはりオートマ車ではレースを走るのは難しいことが判明したのだ。
パドルを使い、しっかりとエンジン・ブレーキを使い切って走ると、すぐにATオイルがオーバーヒートしてしまう。その対策もいろいろと考えられてはいるようだが、前例の無い作業だけに、いずれも100%直るという確証はない。
過去にATでの参戦者がいるという話を聞いての選択だったが、その人はどうもパドル・シフトを使わずに乗っていたらしい。なんと器用な走り方をしていたのだろう。
仕方がないので、泣く泣くATという選択肢を手放し、MTのV6エキシージに買い換えることにしたのだった。
さて、ここで読者の疑問の声が聞えてきそうだ。「最初に一目惚れしたのはエキシージじゃなくてエリーゼだったじゃないの?」って。
おっしゃるとおり。MTにするんだったら、心からエリーゼに乗りたかった。でも、V6エキシージの練習用に買った新品タイヤの山とホイール・セット、それにレーシング用の足回りにブレーキなどなど、すべてを投げ捨ててまでエリーゼに乗り換えるほど、エリーゼへの愛が深かったというわけではない、と言ったら薄情な男だと思われてしまうだろうか。いや、そうじゃない。むしろ僅かな期間だが、トラックでの時間をともにしたV6エキシージに愛情が芽生えてしまったのだと言えば、わかっていただけるだろうか。このあたりの機微は、人間の色恋にも似て、いわく言い難いところである。
もう一つ。「ヒール&トゥができないのに、MTでどうするの?」という声も上がりそうだ。
ええ、もちろんできないままですとも。でも結果として、この1シーズン、覚悟を決めて、一度もヒール&トゥを使わずにレースをしてきた。それでもそれなりに戦えたので、ヒール&トゥができない方々も自信を持ってMTでレースに参戦していただきたい。むしろオーバーレブのリスクが減るので、安心して走れるくらいだと私は思う。
では、実際にレースに出てどうだったのか。次回は、生れて初めての公式レースとなった4月の開幕戦の模様をお伝えする。
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