できるだけ普段使いして欲しいと言われて借り受けたものの、さすがにスーパーカーでコンビニへ、というわけには行かない。そこで今月は、往復200 ㎞以上の取材の足に連続して使ってみた。
文=村上 政(本誌) 写真=柏田芳敬
前回、道行く人たちの視線にどれだけ慣れるかが長期リポートの課題のひとつだと書いたが、どうやらこの蛍光イエローの猛牛に鋭い視線を投げかけているのは、道行く人たちだけではなかったようだ。
水戸まで撮影&取材で行った帰りの深夜の常磐道でのことである。走行車線を走る長いトラックの列の前に出ようと、アクセル・ペダルに載せた右足をグッと踏み込んで追い越し車線に出て、一気に抜いて再び走行車線に戻ったら、ドア・ミラー越しに、遥か後方から赤色灯をつけたパトカーが追い越し車線を凄い勢いで走ってくるのに気づいた。
何かあったのかな、と思ってそのまま走っていたら、なんと私のクルマの前に入り、そのままついてくるようにという指示がリアウィンドウ越しに表示されたのには仰け反った。
93号車のリア・ハッチにはマット・ブラックの庇のようなものが付けられていて、バックミラーから見えるのは、その間の狭いスリット部分を通しての風景だから、ほとんど後ろは見えないと言っていい。ましてや、深夜ともなれば、まるで後方の様子はわからない。いつの間にか背後につけられていたのだろうか。
安全な場所に停止させられ、おまわりさんと話をしたところ、要するに明らかに飛ばしすぎだったということで説教を喰らうことになった。追いかけようとしたら、私が走行車線に戻って車速を落としたため、計測はできなかったのだという。しかし、追い越し車線を走り続けたのは走行区分帯違反だと言われたが、結果として、私はトラックを追い越した後、走行車線に自主的に戻っているので、それも取られずに済んだ。
いったい何キロ出していたんだと問われたが、こっちとしては大して踏んだつもりもなかったのでなんとも答えようがない。おまわりさんは、クラウンのパトカーを全開にしても追いつけなかったと畳みかけてきたが、「まさかそんなに飛ばしていたわけはない。追い越し加速の鋭さが違うのでしょう」と答えたら、とても不満げな顔をしていたが、小一時間にわたる説教で解放してくれた。
要するに、このクルマはあまりに何気なく速いのである。常に路面に吸いつくようにして走るから、恐ろしいくらいに安定していて、速度感なしにとんでもない速度が出てしまうのだ。足がかなり硬いので、路面が荒れたところを通過する時には、突き上げを喰らうこともあるが、整った道を走っている分には、高級サルーンに負けないくらいに乗り心地がいい。しかも、背後からは自然吸気V10の表情豊かなフル・オーケストラのようなサウンドが常に響いてくるから、それに聴き惚れているうちに、あっという間に目的地についてしまう。長距離移動がまるで苦にならないスーパーカーなのである。
水戸まで往復した翌日には甲府までを往復した。その数日後には富士スピードウェイまで……。そして、それだけ走り込んでいる内に、早くも道行く人たちの視線など気にならなくなった。それどころか、むしろこっちの方が常に周囲に視線を巡らせながら走っているくらいだ。なにしろ、いつ覆面パトカーに背後を取られているかわからないのだから。
ENGINE 2022年8月号 掲載